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2006年4月28日 (金)

「夜会」いってきました!

 今日は中島みゆきの「夜会」INおおさかの初日でありました。つれあいとふたりで行ってまいりました。生でみる夜会は格別であります。つれあいは、中島みゆきを生で見るのもはじめてで、いきなり「夜会」かという感じでしたが、みゆきさんの七色の声を堪能していたようです。ラストのみゆきさんの声量は圧巻です。舞台構成のスマートさ、うーんとうなってしまいました。非常等まで落とした真っ暗な場内に、一面の星空が広がってみゆきさんの歌声が響き渡る。すごかったです。

・・・いつまでも若い(くみえる)なぁ。

 場内は、同じ年頃だろうにいつまでも若くはないよなぁという人たちでいっぱい(われわれも含めて)よく言えば、大人の空間でしたが、コンサートでないのが不満な方たちもおられたようで、幕あいに出てったきり戻ってこられなかったりして。最後までいたら、期待以上の中島みゆきの歌が聴けたのにもったいない。コンサートとは別物で、あれはあれ、これはこれ。

 CDで聞いていたのとは曲の感じが変わり、ああこんな風に使われるのか、こういう意味にも取れるのかと、まさに言葉って怖い、ここは実験場なのだと納得しました。みゆきさんの足元怖いです。気をつけてくださいませ。

もう一回いきます。今度は、オペラグラスを忘れないようにしなくっちゃ・・・。

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2006年4月16日 (日)

阪神のゆくへ

今日は負けちゃったけど、阪神タイガースの調子はまあまあというところ。親会社の阪神電鉄株の行くへが怪しくなってきた。阪急!ってなんで~という感じです。阪神間に2つの路線はいらないなら、会社名は阪神でしょ。地域名からいっても。球団名だって、まさか阪急タイガースにはできんだろ~。株主優待だって、阪急はけちだしなぁ。現在の一般株主にとってあんまりうれしくもないような気がするんですけど。もともと沿線だから持ってる人も多いし、儲けるためではなくタイガースの株主優待が目当ての人もたくさんだろうと思うので。しかし、阪神の経営陣はのんきだねぇ。それより開幕ダッシュのこの大事な時期に、こうゆうのが流れたり、昨年の優勝のかかってる時期の株買占めのニュースといい、村上さんは、阪神タイガースの足を引っ張るためにいろいろ画策しているように思えるのだが、いったいどこのためにしているのだろう。

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2006年4月 8日 (土)

花見だ、花見

 桜の花は今が盛りである。今日は、大川の河川敷の桜の下を歩いた。夕方、これから会社の歓迎会を兼ねた夜桜の宴で盛り上がろうという人たちでいっぱいの中歩いたのだが、桜はどうしてまぁ毎年あんなに臆面もなく美しく咲くのだろうか。
 年々歳々花相似たりというが、毎年いろいろなところで花見をするし、こちらは人同じからずなので、見るたびに感慨が違う。しかし結局は、まああんなに恥ずかしげもなく美しく咲いて・・・と思ってしまうのだ。060407_18122
これは、大川の夕景。桜と夕日がコントラストよく大変美しかった。
この川は、朝晩いろいろな姿を見せるが、四季を通して夕景が一番美しいと思う。この辺りを通勤経路として歩くようにならなければ、気がつかなかったことであるが。もう少し西の中ノ島辺りまで行くと風向きや潮の満ち干によっては、磯のにおいが運ばれてくる。改めて海に面した街なのを実感する。ユリカモメもやってくるし。普段は、ビルの谷間をうろうろしているだけの私だけれど、これで季節感は満喫した。

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2006年4月 3日 (月)

春に

 4月は、スタートの季節だけれど、自分の誕生月でもあるので、毎年いろいろ思う。満開の桜の木にもいろいろな思い出があって、繰り返しこの季節が来るとよみがえってくる。子供の成長も当然この季節が節目になっているけれど、自分の成長もまた同じように節目を迎えてきた。うれしいやら不安やら複雑な季節である。
 毎年、この季節になると思い出す景色に、うららかな春の日差しの下で、谷に向かって散っていく桜の花びらというのがある。山の中腹にある満開の桜に下でお弁当を食べながらとても幸せなひと時だったのでが、今となっては二度と帰らない時を思い出すので物悲しい思い出にひとつになってしまった。いまでもあの場所に帰りたいと思うこともあるけれど、場所自体忘れてしまっている。歳を取っていくというのは、余分なことを忘れて、きれいな部分だけを残していくことなのかもしれない。

 娘が社会人の一歩を踏み出すことになった。いろいろあるだろうけれど、できれば後から振り返って悔いのない道を歩いてほしい。「君ならできる大丈夫」という言葉しかあげられるものはないが、無責任に言っているのではなく、全幅の信頼を置いているのだと思ってほしい。親は、生きている限り子供の後ろ盾になるけれど、最後にはいなくなるものだから、独り立ちするためのおまじないの言葉として覚えていてほしい。

 さて、私も転勤になり、職場が新しくなる。毎回職場が変わるたびに新しい仕事が始まるが、不安と期待ががっかりに変わる期間が早くなってくるように思える。そのたびに自分を奮い立たせるのが難しくなってきた。前の職場を去るにあたって、わが社の外のかたがたが私を多少なりと評価してくれたのが、救いであったけれど、その前の職場のときも同じだったことを思うと、う~ん娘に明るい未来図を話してやれないのがつらいなぁ。

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